<<竹取物語の情緒溢れる 香寺温泉>

■香寺温泉は「播磨国風土記」に登場する香寺町の谷あいに湧き、市川に注ぐ恒屋川の上流部にある一軒屋である。姫路から和田山に抜ける播但線の普通列車に乗り、溝口駅で降りると、周辺は静寂に包まれていた。昼下がりに時雨が降ったせいか、小さな駅舎は露できらきら輝いていた。しばらくして駅に入ってきた宿の送迎車に、頭を下げて乗り込む。車は集落と田園の中を抜けて10分ほど走った。

■「このあたりでは動物がよく出るんですわ。狸ですとかイノシシですとか、そりゃよう出ましてね。」運転するおじさんの話を楽しく耳にしているうちに、県道沿いの山々を背にして、母屋造りの瓦屋根を冠した白い建物が建っているのが見えてきた。それが目的地の香寺荘だった。車を降りると、宿の前庭には色とりどりのアジサイが咲き乱れ、その繊細な花々に初夏の日差しが薄く落ちていた。
■6時半、荷物を部屋に置いて早めの夕食をとった。一階の食堂で、地元の素材が盛り込まれた「野天弁当」を前にする。2段重ねの竹籠の器には、海川の味覚が雅に盛り込まれていた。川魚の甘露煮、海老の煮付け、えんどう豆のかまぼこ、卵焼き、ミツバのすまし汁。ゆっくり味わっているうちに、先ほどまで窓を染めていた夕日はいつの間にか山の端に沈み、夏の虫がすだきはじめていた。
■部屋でしばらく休んだあと、2階の温泉に向かった。浴室前の休憩室では、湯上り顔のおばあさんたちが寝そべり、「極楽やな。」、「そうや、ええ湯やったな。」などと言い合いながらくつろいでいた。受付の正面にでんと立つのは竹取物語の古文が書かれた大型の屏風。それを曲がった先に2つの暖簾が揺れていていて、男湯「おきなの湯」、女湯「かぐや姫の湯」と書かれていた。打たせ湯、ジェット、サウナなど備えた広めの大浴場に入ってから、自慢の露天風呂に向かう。扉を開けると涼風が全身を覆い、孟宋竹の竹林に囲まれた自然石の浴槽に湯煙がもくもくと立ち込めていた。温かい湯にざぶんと浸かってみると、丸い月が無色透明の湯にゆらゆらと揺れた。香寺温泉の湯は神経痛、関節痛などに効能がある良質の炭酸泉で、疲れが溶けていく感じがした。
■ふと、送迎してくれたおじさんが、この辺で動物がよく出るという話をしていたのを思い出した。そういえば、入り口にも「狸が温泉に来ます。温かく見守ってやってください」という張り紙が張られていた。しばらく待っていたが、何者も来る気配はしなかった。人々が寝静まったころ、狸の親子が気持ちよさそうに湯に浸かるのかもしれないな。そんな光景を想像していると、何だか一層幸せな気分になった。
<香寺温泉‘竹取の湯・香寺荘‘>
(効能)神経痛、関節痛など
(電話)0792-32-7788
(住所)兵庫県神崎郡香寺町恒屋1470
(送迎)応相談
(宿泊)一泊二食付き7800円〜
(日帰り入浴)可(700円、9−22時)
(交通)JR播但線溝口駅からタクシー5分
・ 中国自動車道福崎ICより12分

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