昨今、備長炭の生活面における効果が注目されている。私の家でも、ホームセンターで購入してきた備長炭をいくつかネットに入れて部屋につるしている。置いているだけで空気が浄化されて、都会にいながら美味しい空気を吸える、という宣伝文句に惹かれたからだ。見てくれは、ややくすんだ色の堅い固形物なのだが、それを飾り始めてから、その通り、生活に癒しがもたらされた感じがするのは、決して気のせいでないだろう。最近実家からまた新たな備長炭が送られてきた。電話で聞いてみると、今回は炊飯器用で、炊飯器にポンと入れるだけでふっくら美味しいご飯を炊けるのだという。
そんな経緯があって、私の部屋には備長炭が沢山ある。それ以来、なぜか、親しみを持ってしまって、それに関する本を読むようになった。今まで知らなかった備長炭の特性が次々と分かってきた。
どうやら炭には2種類あるらしい。炭といえば、バーベキューや機関車でおなじみの真っ黒な黒炭だけをイメージしがちだが、一方で、表面が白っぽくて堅い白炭があることを忘れてはいけない。黒炭も白炭も、木材を長時間高温の釜に寝かすという作業過程自体は同じだが、釜の温度や生活面での効果などは違ってくる。400度から700度で仕上がる黒炭は、軟らかくて燃料以外の効果はあまり期待できないが、1200度の高温の下で10日近くの労力を要す白炭は、堅くてそれに加えて、人体への諸々の効果が考えられている。今話題の備長炭は後者の白炭に分類される。
備長炭はウバメガシという低木の幹から精製される。その原木は、和歌山県の南部町で20%のシェアが占められ、南部町は日本一の備長炭の産地だ。本を読み進めているうちに、備長炭の産地に何となく行ってみたくなってしまった。湯巡りをしている私はどうも旅先を温泉を基点に考えてしまうのだが、地図を開いていると、南部町は白浜温泉とそう離れていない。そこに行けば、備長炭にも出遭えるような気がした。
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白浜温泉は紀伊半島の南西部に突き出た小半島にあり、3方を紺碧の太平洋に面している。その歴史たるや1300年を誇り、有馬、道後と並んで日本三大古泉にも数えられている。天智天皇や持統天皇など奈良時代の宮人にも親しまれていたともいうのだからその長き伝統と由緒をうかがい知れる。現在は、町の中央にはJR紀勢本線や国道42号線が走り、白浜スカイラインや白浜道路などの観光道路のほか、1996年にジェット化された南紀白浜空港が遠方からの観光客の来泉を可能にしている。
白浜温泉の特徴の一つは共同浴場が多いことだ、「崎の湯」や「牟婁の湯」などは古くから親しまれているので、その名前を聞いたことがある方も多いかもしれないが、その他に何と8ヵ所も点在している。目指す「長生の湯」はそのうちの一つだ。
筆者は当日、名古屋から紀伊半島をぐるりと時計回りで白浜に向かった。車窓には、刈り入れられた田園風景、山間の茶畑、玉葱を干す農家、苔むした杉木立など、長閑な田舎の風景が広がった。
JR新宮駅でキハ11系ディーゼル車からモハ103系電車に乗り換えると、列車は海岸に沿って走りはじめた。曇天の隙間から時折差し込む陽光が岩礁に打ち寄せる波を輝かせて綺麗だった。
数時間が経過し、JR白浜駅に到着したのは17時42分だった。もう日が暮れかかる時刻だ。でも、ここまで来たら「長生の湯」の恩恵を授かるまであと少しだと思うと、足取り軽やかにテクテク歩き出した。そう意気込んだものの、10分近く歩いても、民家が立ち並ぶだけだった。まさか方向を間違えたのかな?とさすがに不安に思って、「温泉街はどちらでしょうか?」と通行人に聞いてみたところ、逆に、「今から歩いて行くのか?」と目を丸くして聞き返す顔を見て思い出した。白浜温泉街はJR白浜駅から離れているのだ。交通の便が発達して、秘境と呼ばれる温泉さえも駅から徒歩数分だったりする昨今だが、白浜温泉の場合、そうはいかなかった。頭上を見上げると、海岸のある白良浜まで4kmとの標識が出ていた。温泉街はその近辺なので、温泉に行くなら駅からバスかタクシーを利用するのが無難だったわけだ。とはいえ、今更、駅まで戻るのも憚られたので、そのまま歩き続けることにした。海岸の夕景も早く見たいと初めは足早に歩いていたが、バスやマイカーにどんどん追い越され、夕陽もみるみるうちにアスファルトの坂の端に沈んでしまった。
辺りが闇に包まれ、漁村に町明かりが灯ったころ、バス停の古賀浦というところに辿り着いた。夏休みの時期はサーファーや海水浴客で賑わっていたのだろうが、秋口になるとさすがに静けさを取り戻していた。白浜温泉街まではまだ2キロ以上あるだろう。さすがに歩き疲れたのでバスに乗ろうと思ったが、丁度さっきバスに追い越されたところなので歩くしかない。でも、帰る時間を計算してみると、温泉街まで歩いて湯に入るのは、絶望的だと分かった。
ここまで来たのに何ということだ・・そう悲嘆に暮れながら、ふっと顔を上げると。長生の湯ライトアップされた木造の看板に、「長生の湯」と書かれていた。
そうか、「長生の湯」は白良浜とJR白浜駅の半ばにあったのだ!
看板前の駐車場に乗用車が止まっては他の車が出て行く。家族連れがのれんから漏れた光の中で行き来しているのが見えた。これこそ目指した共同浴場「長生の湯」だった。
嬉しくなって、筆者もそれに続くように館内に入った。正面にフロントがあり、受付の方が「遠方からお疲れ様です。」とねぎらいの言葉を掛けてくれたので、一層心が和んだ。
入浴料金の500円を支払って風呂場へ向かう。「男湯」ののれんをくぐると、すぐに脱衣場になっていた。オープンしたばかりということもあって、竹籠が光を放っていた。
風呂場に入ると、まず檜造りの内湯があって数人が気持ちよさそうに湯に浸かっていた。洗い場も多く、シャンプー、リンス、石鹸なども完備されていて嬉しい。左手に張られたガラス越しに露天風呂が続いていた。こちらは岩風呂だ。
カエデやブナの林が湯船の周囲に迫り、まるで森の中に湧いているようだ。
そして、湯煙の先に思いがけず、念願の備長炭風呂に出遭ったのだ。
そのくすんだ灰色の湯にソロリソロリと身を浸してみると、露天なのに少々熱いくらいだった。檜に混じってほんのりと、ウバメガシの木の香りもする。檜で組まれた浴槽は少しかがむと肩くらいまで浸かる深さでほどよかった。湯煙がモクモクと立ち込めて視界を覆い隠す。泉質は、含食塩重曹泉で、ほろ苦い味がした。名古屋から半日以上の長旅だったが、体の芯まで温まり、疲れも一気に何処かに消えてしまった。ここまで来た甲斐があったと思う瞬間だった。
ところで、感覚的に効き目を実感した備長炭の湯。科学的には一体どんな効果がもたらされたのだろうか?燃料として考えると備長炭が持つ作用は数限りないが、浴槽で使用したときの効果に絞ると、主に、1赤外線効果、2イオン効果、3ミネラル効果、4浄化効果 の4点に分類できる。
それぞれについて見てみよう。まず、1遠赤外線効果。これは、備長炭の粒子が熱を保存して、人体が熱を吸収しやすくなる効果だ。
温泉には一般的にその性質があるが、備長炭を入れると更にその相乗効果が期待できるというわけだ。
全身が最適に温まり血行が促進されるので、湯冷めもしにくく、肩こり、神経痛、不眠症、腰痛などを改善できる。2イオン効果について。備長炭は電磁波などプラスイオンを吸収して、マイナスイオンを放出する性質を持つ。マイナスイオンは、森林の中や清澄な空気に多い負の粒子で、人体の細胞を活性化して癒しの効果を与える。
つまり、備長炭の湯に浸かることは、自然の中にいる状態に限りなく近づくわけで、自律神経の副交感神経が刺激されて、精神の安定につながる。備長炭の湯3ミネラル効果について。備長炭の原木であるウバメガシが、樹木のときに土中より吸上げたミネラルは、木材を炭化することで水に溶け出しやすくなる。そこに含まれるミネラルは、カルシウム、カリウム、マンガン、鉄など人体に不可欠な要素であり、それらを湯に浸かることで吸収できる。
4浄化効果について。備長炭には無数の孔が開いていており、空気や水を浄化する作用がある。水中では水の粒子を細かくして塩素やトリハロメタンなどの有害物質や湯垢を吸着する。備長炭の湯に入るとさっぱりする感じがするのはそのためだ。
売店では備長炭の石鹸や木酢液、風鈴、天然梅などが販売されていた。両親に土産を買って帰ることにした。ロビー横は休憩室になっており、ドアを開けるとテラスがあって、涼むことができた。月夜だった。森の中から秋の到来を知らせる虫たちの奏が美しく聞こえてきた。
「白浜温泉」情報
料金:大人500円
小人(小学生以下)300円
休日:水曜日
電話:0739-42-3010
住所:和歌山県西牟婁郡白浜町古賀浦2763
交通: [電車]
紀勢本線JR白浜駅より市バスで10分
[車]
(大阪方面から)
阪和道、海南御坊自動車道、御坊ICからR42で白浜へ
(名古屋方面から)
東名阪、名阪、伊勢道、勢和多気ICからR42で白浜へ
