神戸 ルミナリエで伝わる心(兵庫県)
〜神戸で「心」を再発見する〜
去る昨年の12月、神戸 ルミナリエに足を運ぶ機会があった。梅田から阪急電車に揺られ、神戸 三宮駅を降りると、まちはクリスマスの賑わいを見せていた。人々が楽しそうに行き交い、木々には美しい電飾の数々が掲げられている。
▲神戸 ルミナリエの光景
神戸 ルミナリエは、兵庫県の神戸 市において毎年12月に行われる光の祭典のことである。イベントの期間中は、神戸の中心街である三宮の仲町通に、幾何学模様で構成されたイルミネーションが立ち並び、その先の東遊園地には、敷地を取り囲むように光の壁が立てられる。
神戸 ルミナリエの開催のきっかけとなったのは、平成7年(1995年)に起きた阪神・淡路大震災である。そのとき神戸では、淡路島北部で発生したM7.3の地震によって、神戸のまちは倒壊し、6000人以上の尊い命が奪われることになる。その死者の鎮魂と追悼、および神戸の街の復興の願いを込めて、同年12月から、神戸 市を挙げて催されるようになったイベントが、神戸 ルミナリエなのだ。
以降、神戸 ルミナリエは毎年のように開催され、意匠を凝らした華麗な光の列で人々を魅了。しかし、今回の神戸 ルミナリエは例年とは少し様相が異なっていた。というのは、神戸 ルミナリエを運営をするための資金が不足し、次回以降の開催が危ぶまれたため、会場にはボランティアスタッフが立って、来場者に、ひとり100円の募金を呼びかけていたのだ。
人の列に押されながら一歩一歩、神戸 ルミナリエの会場に辿りつくまでの順路を進んだ。街角には木枯らしが吹き荒れ、空は寒々と凍りついている。暗闇がりに沈む建物の並びを曲がると、横に歩いていたカップルが「わぁ綺麗」と歓声を上げた。そこには、光り輝くアーチが浮き立っていた。これが神戸 ルミナリエ。その電飾の列は、まるで、山の端から朝陽が昇るように、煌びやかに迫りくる。その場で思わず足を止めた。
しばらくその神戸の美しい光景に見入っていると、後方から騒がしい声がするので、ふと振り返ると、ぎょっとした。いかにもガラの悪そうな若者たちが、数人ぞろぞろ歩いてきたのだ。髪をカラフルに染め、顔にピアスを光らせ、殺伐とした雰囲気を醸しだしている。彼らは、この神戸に遊びで来たのだろうか?それとも、この美しい神戸の電飾のイベントを邪魔しにきたのだろうか?いかにも場違いに思え、嫌悪感さえ感じた。
そのときだった。彼らは、道の脇に立っている神戸 ルミナリエのボラ ンティアスタッフのもとに歩み寄り、もじもじと恥ずかしそうに、募金箱の上に手をかざし、握りしめていた100円硬貨を次々と投入した。「俺らも、応援してるからな。」「寒いなかご苦労さん。」「来年も開いてくれよな。」と口々に言いながら、神戸の人ごみのなかに消えていったのだった。いつの間にか、厚い雲で覆われていた神戸の寒空には、明るい月が浮かび上がり、足元をやさしく照らしていた。咄嗟に、彼らを外見だけで判断してしまったことに反省した。彼らは、人間として大切なものを持っていたのだ。
▲神戸 ルミナリエ光ののアーチ
現代の日本は、情報やモノは豊富に溢れている。一見すると、飽食で平和な時代。しかし、どこかしら、生きにくい時代といえるかもしれない。漠然とした未来への不安が蔓延し、心の安らぎや、生きる喜びを感じにくい社会。なかには鬱病などから自殺においこまる方も少なくない現状は、遺憾であり、早急に解決せねばならない課題である。そんな時代、明るい未来を切り開いていくためのキーワードのひとつは「心」ではないかと思う。他者をあたたかく思いやる、優しい「心」である。人が人を慈しみ、ともに助け合いながら生きていく。そんなあたたかい「心」を各々が持っていれば、どんな難局であっても、それを乗り越えていくためのヒントが次々と生まれてくるように思う。そんなことを、神戸で再発見した。
(公式サイト)神戸ルミナリエ公式サイト
(神戸までの交通アクセス)
・各空港から神戸に 飛行機 で神戸空港へ。六甲ライナーで三宮駅、徒歩5分
・新幹線新神戸 駅から、神戸市営地下鉄で三宮駅、徒歩5分
・各地方バスターミナルから 高速バス で神戸 三宮ターミナルへ。徒歩5分
(神戸の観光に)
・ 航空券+宿泊
・ レンタカー ※開催期間は三宮界隈への駐車は困難
